システム分析とプロジェクトマネジメント:クリーランド、キング

D・クリーランド、W・キング『システム分析とプロジェクトマネジメント』1968年

計画にかかわるマネジメント機能へシステム的概念を適用することは、システム分析と呼ばれるようになった。残念ながらこの領域には(そしてこの領域にかぎらず)用語の密林が存在することも指摘しておかねばならない。同一の現象や概念を定義するのに、人によって異なる用語が使われる。たとえば多くの経営者やマネジメントのプロセスを分析する人々は、「システム分析」「オペレーションズ・リサーチ」「オペレーショナル・アナリシス」「費用対効果分析」「費用便益分析」といった用語を同義語として用いる。一方で、これらの用語が指す専門領域を区別しようと試みる人々もいる。

これらの用語のいずれかが指す活動の内容を明確にすることよりも、システムアプローチの意味と本質を理解することに関心を向けるならば、こうした意味論上の混乱は大きな困難をもたらさない。これらの用語が示す活動はすべて共通の要素をもち、主として適用領域と分析の目標において異なるにすぎない。以下で明らかになるように、ここでは分析の目標や適用領域よりも、分析のプロセス、すなわちその方法論に注目するほうが有益である。したがって、オペレーショナル・アナリシス、システム分析、費用対効果分析などの基本要素を同時に考察することができる。それらは実際には性格を同じくするからである。用語の内容を厳密に定義しようとすることが有益となるような具体的な条件のもとで働く人々には、正確な定義の探求を委ねてよい。

「システム分析」と呼ばれる方法論の本質を理解するには、まず分析される問題の性格をつかまなければならない。システム分析の目的そのものが、計画の過程で解決すべき問題を分析することにあるからである。

その性格からいって、システム分析は科学的なプロセスあるいは方法論である。それはその基本要素によって定義できる。システム分析のアプローチは次のことを前提とする。

  • 望ましい目標の達成に至る代替的な行動方針を体系的に調査し、相互に比較すること。
  • 各代替案が費やす資源のコストと、それによって得られる便益にもとづいて代替案を比較すること。
  • 不確実性を徹底的に考慮し分析すること。

システム分析の本質と、戦略的意思決定におけるその役割と位置を理解するには、まず問題の根本的な内容、その最も重要な要素、そしてそれを解決するための原則を明確に把握する必要がある。

システム分析とは、代替案の実施に費やされる資源の見積コストと、それによって得られる便益との比率にもとづいて、代替案を体系的に調査し比較することを用いる、問題の分析と解決のための方法論である。この調査の一部として、将来の決定に内在する不確実性を徹底的に分析することが必須となる。

システム分析では問題を解くために論理的・数学的な方法が頻繁に用いられるが、システム分析と複雑な数学的方法とのあいだに必然的な結びつきがあると考えてはならない。きわめて複雑な問題が、高校程度の数学より複雑なものにいっさい頼らずに分析され解決されることは非常に多い。システム分析における人間の判断の役割は、しばしばまったく誤解されている。システム分析は、経験と直観にもとづく意思決定者の判断を補うものにすぎない。しかも多くの場合、判断はシステム分析のなかでのほうが、意思決定者が自分自身で用いるよりもはるかに効果的に活用される。

実務におけるシステム分析の役割と、それに内在する限界を考えてみよう。あらゆる問題に科学的分析が必要だろうか。あらゆる問題の解決にそれを用いるべきだろうか。この問いへの答えは次のとおりである。システム分析は原理的には、計画段階のマネジメントで出会う戦略的な問題にも、実施にかかわる戦術的な問題にも、日常生活で出会う問題にも有用でありうる。しかし、いつでもどこでも適用するのは合理的でない。

問題のなかには本来単純で、徹底的な分析を必要としないものがある。時速六十マイルで迫ってくる自動車の前の路上に立っている意思決定者は、明らかに決定を要する状況にある。彼の切なる願いは怪我を避けることであり、そのためには少なくとも二つの代替案——道路の左側へ走るか、右側へ走るか——がある。長々と熟慮したり分析したりすれば、その願いとはまったく相容れない結果になるのは明らかである。この状況は迅速かつ的確な決定を要求する。そうした決定は、その性格からいって伝統的な管理者に典型的なものであり、それを下せることがそうした管理者の強みである。この種の決定は戦闘の指揮の基礎にある。戦闘では、最良の行動方針を選んだ者ではなく、主導権を握った者が勝つこともある。こうした時間が決定的な戦術的・軍事的問題では、決定の速さが決定的なパラメータとなる。状況の最終的な帰結は、どの代替案を選ぶかよりも、どれだけ速く行動するかに左右されるからである。そうした状況では、戦術指揮官は必然的に経験と直観に頼って問題を解決しなければならない。

戦略的な問題を解決する場合には——軍事の領域でも民間の領域でも——決定の帰結が状況の理解の度合いに決定的に左右されるという条件が成り立つ。言い換えれば、行動の最終的な結果は、行動の速さよりも、選ばれた代替案の性格によってはるかに大きく左右される。このカテゴリーの決定は、不確実性、無数にありうる代替案、そして資源の支出が将来に——しばしばかなり遠い将来に——生じるという点によって特徴づけられる。

当然ながら、時間の点で決定的な決定と、状況についての情報の点で決定的な決定との中間に位置し、徹底的な分析を必要としない種類の決定も存在する。定められた一般方針の枠内で日々下されるルーティンの決定は、大きな急ぎも、本格的な分析の費用も要しない例である。

システム分析は、伝統的な科学的分析の方法が発展したものである。数と測定が自然科学の基礎をなすことから、システム分析は量的方法とみなされるようになった。実際システム分析は、問題を定式化し解くために数学的な道具をしばしば用いる。したがって、そのなかで質的な分析方法と量的な分析方法が果たす役割を明確にしておく必要がある。問題を質的に分析する方法は、量的方法の大半が考案されるはるか以前から用いられてきたのだから、意思決定において量的方法を用いることの正当性を示す必要が明らかに存在する。

意思決定者を助けるために量的分析を適用することの必要性を根拠づけ、それが占いやコイン投げよりはるかに望ましいことを示すには、議論の対象を、科学が生来もつ美点を主張するのとは別の土台に置かねばならない。科学もまた、この複雑な世界のあらゆるものと同様、肯定的な面と否定的な面をもっており、その方法が受け入れられることを、それが存在するという理由だけで正当化することはできない。もちろん、軍事と産業の領域における意思決定への科学的方法のかなり成功した適用を指摘し、科学的知識の進展にともなってさらなる成功が見込まれることを示すことはできる。過去に科学的分析の直接の成果として得られた便益がきわめて印象的であったことは認めるべきであり、おそらくそれだけでも、この領域にさらに注意を向けることを正当化する十分な証拠となろう。

議論をさらに進めるために、同じ量の入力情報が、科学的方法を備えた分析者にも、占い師にも、賭博者にも、直観的分析にもとづいて決定を下す人にも同じように与えられうると想像してみるとよい。しかし決定を練り上げる際の科学的アプローチには、もう一つの利点がある。それは分析の論理性と決定の妥当性を保証する点である。完全に主観的なアプローチはそうした保証を与えない。付け加えるなら、科学的なプロセスを、意思決定者が用いる主観的なプロセスを補うものとみなすならば、それを用いることで失うものは何もなく、得るものはありうる。

科学的分析は、鉛筆と紙、ときには計算尺やコンピュータを用いる論理的なプロセスである。いずれにせよ科学的分析は、初期の仮定、推論の論理、そして結論を明確に定式化すること(そして——これが非常に重要だが——文書化すること)を要求する。これは、決定が下され、その実施の結果が判明したあとであっても、科学的分析のプロセスをつねに再現し検証できることを意味する。それによって分析手続きの質を評価することが可能になる。分析の有用性と価値が示されたのであれば、その手続きは最終結果の質に確信をもって将来にも用いることができる。純粋に質的なアプローチにはそうした利点はない——もちろん、意思決定者が試行錯誤から学ぶという点を考慮に入れないかぎりは。

とはいえ、科学的分析がもつ潜在的な利点は、意思決定のプロセスにおける主観的判断の役割を決して減じるものではない。科学的アプローチの最も特徴的な性質の一つは、その抽象性である。すなわち、意思決定者が直面する現実の問題のいくつかの側面を考察から除外することである。いくつかの側面をシステム分析から取り除くということは、現実の問題の一部だけが厳密に科学的な仕方で研究されることを意味する。決定を可能なかぎり最良のものにしたいのであれば、意思決定者はそのうえで、科学的分析の結果と、形式的分析に含めることのできなかった重要だが定量化できない要因とを結び合わせなければならない。意思決定のプロセスのこの部分を遂行するにあたって、彼は伝統的な型の管理者と同じ水準で、自らの判断、直観、経験を用いなければならない。二つのアプローチの違いは、科学的方法を用いて決定を下す人が、量的分析と質的分析のあいだに明確な線を引き、それぞれを最も大きな便益をもたらすところで用いる点にある。

形式的分析では考慮しにくい要因の好例が士気である。問題についてのいかなる決定においても、ある行動が人々の士気に及ぼす影響は、組織の有効性にとって、量的に特徴づけられるどの要因の影響とも同等か、それ以上に重要である。にもかかわらず士気の役割を量的に測定し評価することは難しい。この場合、分析者はまず組織の士気を考慮に入れずに問題を定式化し解くことができる。そのうえで意思決定者の課題は、先に得られた形式的分析のデータと、形式的な代替案が組織の士気に与える影響についての自らの評価とを、決定のなかで結び合わせることになる。それによって彼は、自らの観点から見て現実の生活において最良である代替案を特定できる。その代替案は、形式的分析にもとづいて得られたものと一致することもあれば、一致しないこともある。この例における形式的分析の価値は、士気を除くすべての要因を考慮に入れた点にあり、それによって意思決定者は、自らの個人的な評価を要する要素に判断を集中させることができる。

あらかじめ形式的分析を行わなければ、意思決定者は明らかに重要な要因だけに注意を向け、主観的判断にもとづいてしか適切に評価しえない要素——士気——に十分な注意を払わずに終わりかねない。

戦略的決定と、そこにおいて科学的分析の形式的方法が果たすべき役割についての我々の評価は、きわめて単純である。我々は分析のプロセスを、複雑な問題のかなりの部分を、管理者がほかの要因とあわせて最良の決定を練り上げる際に利用できる単純な結果へと還元する、論理的かつ実質的な方法とみなす。これによって管理者は、分析の資源を、その活用が最も効果的となる問題の側面に集中させることができる。こうしたアプローチは、形式的な分析方法と非形式的な分析方法の双方を最も効果的に組み合わせることを可能にする。総合的なアプローチは、決定を練り上げるうえで、純粋に主観的なアプローチよりおそらくはるかに優れている。

問題解決への形式的アプローチには、利用しうる代替案のうちどれが最良であるかを判定することが必然的に含まれる。最良の解を探索するプロセスは最適化と呼ばれる。したがって最良の代替案とは最適な代替案である。大きな不確実性をともなう複雑な問題を解く場合、システム分析の発展水準は、真の意味での最適化が達成できず、それを試みることすらできないというものである。言い換えれば、最良の代替案の探索という観点から考えるとしても、それを達成することは非常にしばしば不可能である。

システム分析における大域的な最適化が不可能なのは、少なくとも、すべての判断を量的に表現できるわけではないからである。問題の一部だけが定量化可能であり、問題の抽象的なモデルについて得られた解が必ず現実の問題にも当てはまると固く信じている人は、誤りと失敗を免れない。さらに、システム分析の対象は通常複雑であるから、その構造をよく理解できるとはかぎらない。

システム分析者は、自分が定式化し紙の上に構成した問題が、もはや現実の問題ではないことを明確に理解していなければならない。それは、実際に存在する問題と(願わくは)密接に関連しているにすぎない人工的な問題である。そしてこの人工的な問題の解が、現実の問題について決定を下す人にとって有用であろうと推測できるにすぎない。この問題どうしの区別はつねに念頭に置くべきである。「紙の上の解」を現実の問題にそのまま適用しようとする意思決定者や分析者は、ときに手ひどく失望することになりかねないからである。

現実の条件のもとでは、いま述べた抽象化のプロセスが不可能となることもしばしばある。分析者は、システムの構造についての自らの理解があまりに限られており、自分に作りうるいかなる形式的表現も現実とほとんど似ていないことに気づくかもしれない。この立場では、彼は最良の行動方針を選ぶことができない。とはいえ、形式的分析の代わりとなるのは完全に主観的なアプローチであり、それを認めてしまえば、適切に用いられた形式的分析の相対的な価値についての懸念は薄れはじめることを指摘しておきたい。

人間は本来、相互に作用する多くの要因を考慮に入れねばならない複雑な問題を、余すところなく把握することができない。いかなる形式的分析も、あるいは形式的分析の試みさえも、少なくとも意思決定者に本質的なことを考えさせ、正しい方向へ向かわせるという点で通常は価値がある。そしてシステム分析者が最終的な分析において、何をするのが正しいかを意思決定者に誤りなく告げられないとしても、分析を行うという事実そのものが、彼に代替案を列挙させ、自分は何を達成しようとしているのかという問いを立てさせる。さらに意思決定者は、合理的な決定を下すために何を知る必要があるのかを明確に理解することになる。知るべきことをすべて知っているわけではなく、必要な情報をすべてもっていないとしても、何が必要かを知っているというだけで、一般により良い意思決定の基礎が得られる。それによって彼は決定を下すにあたり、慎重になることも、リスクを取って良い結果を期待することもできる。強調しておきたいのは、必要なデータが欠けている場合、その重要性を理解していることが、欠けている情報の探索と、その活用を——当の問題においてでないとしても、将来の類似の問題において——促しうるという点である。

意思決定のプロセスにおける判断の役割については既に述べ、それが解析的に解かれる問題も含めたあらゆる問題の解決にとって重要であることを示した。しかし判断の役割は、上に述べた補助的な機能にとどまらない。「意思決定理論」として知られる基本的な分析の枠組みは、判断を形式的な問題分析の一要素として含んでいる。

人間の主観的判断は、二通りの仕方で形式的分析のプロセスに組み込まれる。確率的な判断としてか、重みづけされた評価としてかである。解かれる問題の大半は将来の不確実性をともなうので、将来の事象の確率を評価する必要が生じる。そうした評価は経験にもとづいて行うのが最も良い。こうして帰結の評価は、解かれる問題の形式的分析の必要な要素となる。システム分析の価値ある性質の一つは、これら二つのカテゴリーの判断が互いに独立して検討され研究される点にある。意思決定者の頭のなかでは、それらはしばしば融合してしまうからである。